続・孕草紙 SCENE 5 「親子で見た夢」 + Epilogue




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5-1

「びゃああああああっ!! かぁかぁーっ、かぁーかぁーっ!!」
「ご、ごめんなさい坊や! お母さんはここよ、泣かないで」

震えるレイナの指が、オークの手から息子を受け取った。
子供は頭のてっぺんまで真っ赤になって、
両手を握りしめながら泣いている。
レイナの胸に抱かれると、その手で強く乳房にしがみついてきた。
母の乳肉に顔を埋めながら、子供は涙で窒息しそうなほどに嗚咽している。

「ごめんね……馬鹿なお母さんで、ほんと……」
「ぷぎぃぃぁあっ!! びぇぇぁぁああああっっ!!」

乳首を押しつけられても子供は乳を吸わなかった。
お腹が減っているんじゃなくて、怖くて泣いているんだ。
残酷なまでに広い世界に生まれて、
辛かろうが苦しかろうが、やって来た以上は生きなければならない。

なのに乳も離れないうちに、目の前から母親が消えかけた。
この世と新しい命を繋ぐ唯一の絆が消えて、
こんな幼い両手を伸ばし、たった一人きりで生きていけというのか。

坊やはどれほどの恐怖を感じたのだろう。
レイナは自分を殴り飛ばしたい思いで、
抱きついてくる息子を強く強く抱きしめ返した。

  私に息子が居たのは夢でした。
  だから、坊やにお母さんが居たのも夢でした?
  そんなわけ……無いじゃない。
  私が坊やの夢を見ていた間、坊やは私の夢を見ていた。
  ずっと同じ夢の中に居たのに!

「なのに私と来たら、自分のことばかり考えてて、本当に全くもう……」

レイナを握る子供の指は、小さいけど肉の密度が高い。
乳に食い込む坊やの指は緊張と恐怖で冷たくなって、
胴に押しつけられる坊やの鼓動は、とても早くて熱かった。
夢であろうはずがない。
レイナがずっと感じていた我が子の体温じゃないか。



「よしよし、良い子。 
 おかげでお母さん色々分かったわ、ありがとう。
 いまは思う存分に泣いて良いからね」

坊やの背中をさすってやると、泣き声を上げるたびにビリビリ震えている。

本当に多くのことを教わった。
戦士の意味に加えて、母親の意味も見えてきた。
かつてなぜカトレアが、あれほど強く、あれほど大きく見えていたのか。
今ならレイナにもその理由がよく分かる。

胸の中で泣く赤ん坊は、世界に対して何と弱々しい存在なのだろう!
母が強く在らなければ守れない。
赤ん坊は世界の全てに負けてしまう存在なのだから、
母親は世界丸ごとを相手取って戦うのが「当たり前」なんだ。

「あぁぁぁぁああっ!! ああああああああっ!!」
「よしよし……」
(私は、クイーンズブレイドで何を見てたんだろう。
 戦いの本質には何も気づかず、ただしゃにむに剣を振り回していただけだった)

かつてレイナは”自分は強いのか”と道に迷った。
しかしその答えは、勝った負けたの次元にある物ではなかった。

やるべき事をやり遂げる信念と意志。
内面的な自分をシッカリと持つことだ。
それを外から見たときに、人は”強さ”という名でそれを呼ぶんだろう。

カトレアはその点圧倒的だ。
エリナも、クローデッドも、トモエもリスティも、
思えばみんな、信念と意志が通った戦いをしていた。

(あちゃあ……本当に私一人だけが弱かったのね)

ではそれに気づいた今のレイナは強いのか?
答えは”そんなの知ったことか”。
やるべき事があるんだ、それをやるんだ。
自分が強いとか弱いとかは関係ない。

こういう風に人生というものを見切った瞬間、
レイナ=ヴァンスという人は、芯が固まってとてつもなく強くなっていた。



周囲のオークたちも、沈黙しながら母子の姿に深く感じ入っている。
魔剣が残した魔力の残滓が、レイナを中心に帯のように広がっていた。
それが親子の感情を伝えることに一役買っているようだ。

オークたちの輪の中心で、レイナがすくっと立ち上がる。
オークたちは一歩引く。
何だかレイナが、急に二回りほど大きくなったように思えた。

胸の子供は泣き疲れて眠ってしまった。
それを見つめるレイナの瞳は、今度こそ掛け値なしの母愛に満ちていた。

オークたちがレイナの周囲で頭を低うしていた。
オークはオークキングに支配されるという縦社会の本能を持っている。
”オークキング”などとモンスター名で呼ばれたらレイナは嫌がりそうだったけど、
オークたちは強い武力と意思力を持つ彼女のことを、
自分たちの長だと定めたようだ。

「ちょっとの間、この子を預かってもらって良いかしら?
 エリナは私が止めてくる!」

オークの一頭が赤ん坊を受け取ると、
別のオークがレイナの剣を、恭しく持ち主に手渡した。

ずっちゅ、ずっちゅ…… ずぽっ
『あんっ、あっ…… ……………………あ、あれ?』
『ブヒィ……』

幻夢の余韻で女を犯していたオークたちも陵辱を止めた。
(前の長が誰だったのか、オークたちには全く思い出せないが)
彼らは古い命令を捨て、新しい長の命令を待つ。

何十代にも渡って家畜状態だったオークたちの社会が、
本来の形を取り戻しつつある。
オークたちの長い長い夢もまた終わった。


--


「アンタでやっと一匹目だなんてね……
 でも殺(と)ったわよ!! 死ねええええっ!!」

汗と脂と返り血で汚れた乳房をブルンと振って、
エリナはとうとうオークにトドメを刺す一撃を放った。

狙われたオークは両足を負傷してまだ動けない。
眉間にはエリナの槍が迫って絶体絶命だ。
周囲のオーク戦士たちも、皆血まみれになってフラフラだった。

オークたちの戦線はもう限界で、
ここから先はエリナの虐殺ショーが始まるかに思えた。

ガァンッ
だがエリナの必殺の突きは、横から剣で激しく打たれた。
槍がオークの頬をかすめて、床の石畳を貫き砕いた。

「エリナ止めてっ! 殺してはダメ!」
レイナの剣が間一髪で間に合っていた。
それは人間とオークの間に致命的な亀裂が入ることを防いだ。



「レ……レイナお姉ちゃん!? そんな……!」
エリナは痛恨の表情でうめいた。
なぜ魔剣を折ったのに、レイナはまだオークの味方をするのだろう。

またしても自分の作戦は失敗なのか。
レイナの洗脳が解けないままに、姉妹で戦い、
その隙間をぬってオークたちを皆殺しにしていくしかないのだろうか?
現実的に考えるのなら、そんなことが可能だとは思えなかった。

「くっ……!」 
エリナは小さく嘆息すると、固く歯を食いしばって気合いを入れた。

「出来る、出来ないの話じゃ無いのよ……!
 私がやるしかないんだっ!!
 うおおおおおおおおおおおおおおっ!!
 お姉ちゃん、そこをどいてぇーーーーーっ!!」

妹は姉よりずっと前から芯が固まっていた。
エリナという人間こそ、まさに一本の”剣”だった。
討ち死にをも厭わぬエリナの猛撃。
狙いは深手に倒れたオークたちの心臓だ。

「エリナっ!! 話を聞いてちょうだい!」
ガキンと大音を立てて、その一撃もレイナが剣でねじ伏せた。
やはり武力ではレイナがずっと上を行っている。

(かっ……勝てない……!)
つまり、エリナはレイナを救うことが出来ない。
エリナは自分の内側に絶望がせり上がってくるのを感じた。



「いやだっ!
 いやだっ、いやだっ、いやだぁっ!!
 レイナお姉ちゃんが一生オークの操り人形にされるぐらいなら……
 私は……私の命なんて、どうにでもなれええっ!!」

ここでエリナは捨て身を選んだ。
レイナの剣ごと自分の槍も捨て、手甲に付いた鉄のかぎ爪でオークを狙う。
「エリナっっ!!」叫びながらレイナが足甲でそれを蹴る。

「いやあああああああああああああっ!!」
エリナはそれでも怯まず、もんどり打って突進しながら大きく口を開いた。
エリナの真っ白な犬歯が光る。
オークの頸動脈にかみつき、喰いちぎろうと、エリナはノーガードで身体ごと飛びかかる!
「エリナァァァァァァ!!?」

もうここに至って決死の一撃を止めるためには、
エリナを背中から斬って捨てるか、レイナも身体ごとで割り込むしかない。
もちろんレイナは後者を選んで、オークを庇いながら妹と激突をした。

「ハグウウウウウウッ!!」
エリナは衣裳にシンボルされる白虎そのものとなって牙を剥く。
しかしあと一歩という距離で、レイナの柔らかい女体がオークの盾をする。

エリナは人間を噛み慣れているのだろうか?
エリナの鋭牙は、下あごに全体重を受けても折れることなく、
レイナの素肌に深々と突き刺さった。

「うぐううううううっ!!」
エリナの牙はレイナの肉を貫通し、肩の骨に刺さって止まった。
白い肌と白い歯が、鮮やかな血の赤色に染まった。

「はぐうふぅっ……!!」 (お姉ちゃん……!!)
レイナの肩から血がこぼれ、同じ量の涙がエリナの頬を伝っていた。
姉を押し倒す姿勢になって、妹の動きはようやく止まった。

数秒間、時の流れが停止したあと、
エリナは肩を震わせながらレイナの肉から牙を抜き、
涙と鼻水に濁った声で話し始めた。

「レ……レイナお姉ちゃんはね、オークたちに操られているんだよ。
 ぐすっ……エリナが弱くてごめんね。
 エリナがもう少し強かったら、
 お姉ちゃんにこんなケガなんてさせることもなかったのに……
 
 でもね、それでもエリナは止めない。
 私の腕がもげようが目玉が飛び出そうが、
 絶対にオークを皆殺しにして、レイナお姉ちゃんを助けてあげるの。
 
 だから、だから本当に一生のお願い。
 エリナを、一度だけ信じて……」

「エ、エリナ……!!」

愛されているのは分かっていたが、
妹のあまりのいじらしさに、姉は心臓が震えていた。
身を捨ててでも相手を救う。
そうだ。これが血の絆、これが正しい家族のあり方なんだ。

――だからこそ、レイナは自分の選択が正しかったと改めて思った。
エリナにオークを殺させてはならない。
今のオークたちを守ることは、血の絆を守ること。
それはエリナの愛を守ることにも繋がっている。

少し間を置いてから、エリナがまた言葉を続けた。

「お姉ちゃん……レイナお姉ちゃんの子供はね?
 本当は、エリナにちっとも似てないの。
 本当は、豚そっくりの顔なのよ……」

エリナは崖から飛ぶような覚悟でレイナに言った。
言ってはならないことを言い、レイナに憎まれたりしてしまったら、
エリナは心の重さで死ぬかも知れない。
でも姉の人生がオークに壊されるぐらいなら、
まだ自分が壊れた方がマシというものだ。

「ありがとうね、エリナ……本当に良い子」
レイナはエリナの顔を胸に抱いた。
妹の身体は、姉の愛を失うことに恐怖して震えている。
つい先ほど同じように怯えていた坊やの背中とおんなじだ。

「よしよし……大丈夫。エリナは大丈夫よ」
昔はよくこうやって、母を失って泣くエリナを安心させてやったっけ。
息子と同じぐらいに愛おしい。
妹の金髪を優しく撫でてあげながら、ずっと抱いていたかった。



しかし、まあ。
状況は依然として殺伐の中。
あまりゆっくりやっている訳にもいかない。

レイナはおっぱいでエリナの頭を挟みながら、
自分がこれからどう生きるつもりなのかを伝えようと思った。

「子供が豚の顔をしているのはもう知ってるわ。
 エリナにそっくりだなんて言っちゃってご免ね」

「え…………」
エリナはピクッと肩を震わせて驚いた。

やはりエリナの作戦は成功していたのだろうか?
感情を吐露して少し余裕が戻ったエリナは、
レイナの乳肉を頬で味わいながら、次の言葉を待っている。

「私はどうも、邪剣に心を支配されていたみたい。
 みんなに迷惑をかけ、巫女さんたちを、エリナを泣かせて、
 坊やたちと一緒に甘い甘い夢の中で惑わされていたわ。

 そしてエリナが剣を折ってくれた。夢は終わった。
 ありがとう、エリナ……

 私と坊やは夢から抜け出して、初めてお互いの素顔を知った。
 でもね、顔が変わっても、お互いの命は何も変わっていない。
 私は坊やたちを産み、坊やたちは私から産まれた親子なの」

今度はレイナが少し緊張して告白する番だった。
いわゆる”普通”からは外れた道だ。
でもレイナにとっては、それが正しい道なんだと信じ抜いていた。
 
「私は夢が終わっても、あの子たちが育つまでは側にいる。
 自分自身の意思で子豚の坊やたちを愛し、守りたいと思っているわ」

「………………。
 ………………へ!?」

価値観が根本から異なるエリナにとって、
レイナが口にする説明は、宇宙人か何かの言葉に聞こえていた。

「お願い、分かって。エリナ……」

ぎゅっと抱きしめられた胸と乳肉の間で
エリナは百面相のように表情をあれこれ切り替えながら、
理解出来ない言葉を何とか理解しようと必死に考えている。

夢は終わった。
なのにレイナは引き続きオークを愛して、魔物の味方をするらしい?
アレは子供じゃなくて豚だよ。豚肉だよ?
レイナはハンバーグを産めばそれを育てて、ソーセージを産めばそれを食べずに愛すのか?
なんでそうなるの?

「? ? ……!?」

結局、考えても分かりそうになかった。 
エリナは大好物な姉のおっぱいに埋もれながら、
目を点にして固まっていた。


固まりかけていた礼拝堂の時間が再び流れ始める。
ウオオオオオッとオークたちが怒り始めた。
エリナがレイナを噛んで流血させたのが許せないのだ。

「エリナ、殺せエエエエエエ!!」
「ちっ!」

エリナは野良猫のように反応し、
レイナから大きく飛び離れて再び自分の槍を拾った。

「ちょ、ちょっとみんな!? エリナも落ち着いて!
 こんな傷は大したことじゃないから……」

レイナが慌てて制止の声を出す。
確かに彼女の肩は、思ったほどの派手な出血をしていない。

しかしオークから見れば
オークの理屈というものがある。

先ほどまでレイナの側で静かにしていたオークたちまで、
――レイナと子供たちを外敵から守るために、
武器を取ってエリナに挑みかかった。



「このおおおおっ!!」
先ほどまでの反省を活かしてエリナは跳んだ。
オークの太い手足を踏み台にして上空まで駆け上り、
敵の頭上から槍で脳を狙ってやるのだ。

だけどレイナがそれをずっと見ていて、
目で、声でエリナにブレーキをかけていた。

「エリナっっ!! 殺しちゃダメぇぇっ!!」
「そっ、そんな事を言ったって!?」

オークの腕が、エリナの足を捕まえようと伸びてくる。
それをかわすために、エリナはオークの頭を思い切り踏んで
さらに高く跳び上がる。

高い高い天井の下で、エリナはゆっくり宙返りをしながら礼拝堂を見おろした。
オークたちとレイナが自分を見上げている。
オークの目は憎しみに満ち、レイナの目はとても必死にエリナを見ていた。

オークたちはレイナを囲む一つの輪であり、
その外側には子供を抱いているオークたちの姿も見える。

(これが……レイナお姉ちゃんの守ろうとしているもの?)

チャンバラの騒動で、また赤ん坊が泣き出していた。
オークの輪がどよめいて、レイナも泣き声の方に視線を移す。

「ごっ、ごめんね坊や、さっきからこんなのばっかりで……!」
「あ”ぁーーっ!! ああああーーーっ!!」
「大丈夫よ、大丈夫……!」
「レイナ、下ガッてろ!」「俺タチがヤッてヤル!!」

子供が泣いて、レイナが困って、それをオークたちが守ろうとしている。
まるで家族のように。
本当のレイナの家族は、エリナの方なのに。

(私が……レイナお姉ちゃんを苦しめている?)

レイナがまだ操られているというなら、話は簡単なのだけど。
姉は”もう操られていない”とはっきり言った。
信じて欲しいと自分からも言った手前、エリナはレイナの言葉をも信じたかった。
レイナは正気である、という前提の元で、少し話をしてみよう。



エリナが軽やかに着地する。
姉の正気と、姉が考えている解決策を確かめるべく、
妹は問答を始めた。

「じゃ、じゃあ、その子豚たちは殺さずに、ヴァンス領へ連れて帰ってみんなで飼おう!
 レイナお姉ちゃんもそれなら良いでしょ?」

レイナは子供を胸に抱いてゆっさゆっさとアヤしながら、
ようやく話を聞いてくれそうなエリナの気配に嬉しそうな顔をした。

エリナの価値観はレイナと根元から違うけど、
やはり言葉が通じる以上は接点を持つことも出来ると思う。
そして同じ言語が、オークや坊やたちにも通じているのだ。

「エリナ、違うのよ、そういう事じゃない。
 この子たちには、この子たちが暮らすべき社会があるのよ。
 私はこの子たちを、”ちゃんと”育ててあげたいの」

レイナの口調はまともに思える。
しかしやはりエリナにとって、レイナが言う内容はかなりぶっ飛んでいた。

「それって……このオークどもを丸ごと見逃して、村でも作らせるって事?
 豚に領地を与えるって話なの?」

エリナは自分なりの視点で話を整理しようとしている。

エリナにとって、レイナは大好きな姉であると同時に主君筋でもある。
レイナが断固やるというなら、たとえ突飛な命令であっても逆らうつもりはなかった。
だけどそれはやはり、レイナが正気であるという確信を得てからの話だ。



「死ネ、メスザルッッ!!」
「くっ!? 話の邪魔すんなっっ!!」

相変わらずエリナはオークと戦いながら喋っている。
しかしエリナは、もうオークを殺すつもりが無いようだ。
彼女は敵の武器をはじき飛ばし、足を払って地面に転倒させると、
意も介さぬ様子でオークを踏んづけながら話し続けた。

いま一度だけヴァンスの将として襟を正して、
姉が話す言葉に筋が通るかどうか、
レイナが正気なのかどうかを見極めようとした。

「レイナお姉ちゃんに問います!
 我々人間は、正当な”力の歴史”で豚に勝ち、豚を食す者共よ!?」

迫り来るオークたちをドカバキ殴り倒しながらエリナが言った。

エリナの方がオークより強いのだ。
勝ったエリナが負けたオークをどうしようがエリナの勝手だ。
オークたちだって、そうやって村娘たちに子を産ませてきた。
その繰り返しが世界史じゃないか。

それが正しいはずなんだ。
力が本当の正義だ。
民衆向けには倫理だ愛だと甘い正義論で誤魔化しておくにしたって、
為政者たる貴族は正義の正体を知っておかねばならない。

「武力で作り上げたピラミッド階級こそが
 私たち貴族を、民を、ガイノス帝国を形にしている!
 その中段に無理矢理豚をねじ込んだりしたら、
 社会が狂っちゃうわ!?」

この世界の”本当”は、弱肉強食で出来ている。
オークは「肉」で、人間は「食」だ。
エリナが思うに、羊と狼が同居するような家庭は成立しない。

「豚は豚肉に!それが人間社会の大前提なんじゃないの!?」



それを聞き、レイナの答えていわく。

「豚じゃないわ、エリナ。
 オーク達には人間の言葉がちゃんと通じる。
 この子が私のことを”お母さん”と呼んだのは、エリナだって見てくれていたでしょう?」

今も子供はレイナの胸で、母に抱きつき、母にすがっていた。
子は自分の全てを母親にゆだねて、母は全身全霊でその信頼にこたえる。
エリナの目から見ても、それは確かに人間と同じ親子の姿に思えた。

「……いえ、例え牧場で飼っている本当の豚だったとしても。
 言葉が通じるのなら食べてはいけない。殺しちゃダメよ。
 話の出来る相手を、肉として殺してしまう社会の方が狂っているわ。
 
 言葉の否定は精神の否定、人間社会の否定です。
 そんな社会を育てていけば、いずれ人は人を食うようになるでしょう」

「れ、レイナお姉ちゃんは……」 
要するに”話せば分かる”という言葉を延長すれば。
戦争を前提とした、現在の人間社会の方がすでに狂っているというわけか。

「エリナが言うとおり、
 私たち人間は武力で自然に打ち克って、自然界の天下統一を果たしたわ。
 人間の一人勝ちよ!
 だったらもう、”武”はそこで役目を終わるべきでしょう。
 そこから先に戦いは要らない。
 言葉が通じる者同士で殺し合うのは、ただ会話というものをサボっているだけよ!」

いつか言葉の力は全ての谷を埋め、全ての丘と山を崩して、
弱者と強者が共存出来る世界を作る。
だけどそれには、まず強者が弱者を助けなければ始まらないのだとレイナは言う。
そうしなければ、オークだけでなく、いつか人間もまた人間に討伐されて滅んでしまうと。

(ああ、大丈夫だ。 レイナお姉ちゃんは完全に正気だわ)
エリナはすっかりレイナの覚醒に確信を持ち、
今は目をハートマークにして姉の話に聞き入っていた。

エリナ個人としては、
殺せと命じられたら相手を殺し、救えと命じられたら迷わず救ってみせる。
レイナがエリナに命じているのは、クローデッドが推し進める力の覇道とは正反対の王道だ。

レイナはクローデッドに全てを任せてしまっているが、 
やはりレイナこそがヴァンスの長に、ガイノスの女王にふさわしいのでは無かろうか。
幼き日にエリナを抱きしめてくれた温かい両手がガイノス帝国を包むなら
クローデッドとエリナでは築くことの出来ない太平の世が生まれる気がした。


--


帝王学の英才教育を受けた大貴族の姉妹たちが久方ぶりに世を論じている間、
もちろんオークたちには何の話かさっぱり分からず、頭からもくもく煙をふいていた。

レイナとエリナの雰囲気は、一応亜人たちにも伝わっているようで、
多くのオーク戦士たちは戦いよりも、分からないなりに「話を聞く」ことを選んだようだ。
一頭、また一頭と、手に構えた物々しい凶器を床に手放し始めた。
しかしやはり、オークの中にはまだエリナを許せない者たちもかなり居る。

「ブッ殺セ!」
「ヤメロ! レイナは、ヤメロ言ってる!」
「レイナ! レイナ! 人間はテキだゾっ!?」
「かぁーかぁーっ!! うぎゃわあああああああんっ!!」

大混乱の礼拝堂で、五人の子供たちもギャンギャンと泣き始めてしまった。
息子たちが踏みつぶされはしないかと、
レイナお母さんは真っ青な顔で右に左に走り回った。

「あんたら、レイナお姉ちゃんの話を聞きなさいよっ!」
「オマエはレイナを噛ンダ! 許サネエエ!!」
「そっ、それは反省してるけど……
 寄んな豚! それとこれとは話が別よっ!!」

エリナは魔剣を折った時のように、槍をバットの構えに持ち直す。
音速のフルスイングがオークのボディを強打する。
ドンガラガッシャン!
オークは派手な土けむりを立てて吹っ飛んで、
礼拝堂はまた少し崩壊を進めた。

「お前ラ、ちょっと落ち着ケ!」
「ウルセェ、邪魔スンナァァァ!!」

オーク同士でも、言葉に従う者と武力に従う者がもみ合っている。
全体がわかり合える直前までは来ているようだ。あと少しだ。
でもまだ”言葉のあと少し”を埋めるためには、
力によるルールが、”武力のあと少し”が必要なのかも知れなかった。



「うーん……本当にもう少しのことだとは思うんだけどね」

レイナは泣く子たちを背中で守りつつ、目を閉じながら呟いた。
この場をまとめるためには、あと一手が足りない。
何事もバランスだということか。
言葉だけでも武力だけでも、どこかに限界があるものらしい。

「かぁーかぁっ! うえっうええええええええんっ!!」
「よしよし、大丈夫だから。怖くない怖くない。
 お母さんに、任せておいて」

怯える子供に掛けるレイナの声は、この上なく優しかった。
しかし彼女のこめかみには、いい加減にピクピクと青筋が震えていた。

「うーん……」

別に、エリナの流儀でやっても良いのだ。
言葉ではなく武力でまとめるにしたって、
今の礼拝堂ではレイナが武力の一番上にいるんだから。

今や言葉の力によって、オークたちの大半は分かってくれた。
あとの連中には武力で身体に教え込んでやるのが、
この場合のバランスというものだろうか。



バキィッ、ドガァッ
どんがらがっしゃーんっっ
「びゃあああああああーーーーんっっ!!」

「あーもー、分かった! わーかーりーました!
 確かにエリナの言うことにも一理あります!
 いくらこっちが言葉を投げても、
 力を伴わない言葉には、聞いて貰えないことだってある!」

またもや「この子をお願い」とオークに預け、
レイナは愛剣を抜きはなつ。

「力のピラミッドが社会秩序を保証するというならば!
 今ここにいる全員を私がブチのめして見せれば
 オークに権利を与えるっていう私の話にもエリナ流の筋が通るのかしら!?」

レイナは大ぶりな構えで力を溜め始めた。
肩の傷は殆ど塞がっている。
魔剣の力か、それともレイナが元々持っていた何かの素質だろうか。
レイナの剣気はタガが外れたように膨張していく。
この場の全ての力を飲み込んで、なお余りある強大な力がレイナ一人に集積をはじめた。

暴れるオークは硬直し、泣く子は黙って、
エリナは露骨に顔を引きつらせていた。

「ちょっ、ちょっ……レイナお姉ちゃん!?
 ストップ!
 エリナはもう分かったから!!
 エリナはレイナお姉ちゃんに賛成だから!!
 さっきから馬鹿オークどもがエリナに突っかかってくるだけで……」








「必倒必殺! ドラゴンテイルッッッ!!!」

エリナが今までに見たどの技よりも巨大な一撃が
力の奔流となって礼拝堂を下から上に撃ち抜いていく。
「お姉ちゃはぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!?」
スピードとパワーの桁があまりに違って、
涙目のエリナと荒くれのオークたちは、
逃げるどころか、ろくに反応も出来ないまま直撃をもらった。

「星になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
エネルギーの巨剣が建物の屋根を吹っ飛ばし、
光の柱となって天にそびえ立った様子は、遠く麦の村からでもよく見えていたという。



エリナとオークたちは星になるまで飛ばされて
かなりの時間を開けてから流星となって帰ってきた(落ちてきた)。

彼女たちの上半身は地面にめり込み、
ピクピク震える丸いお尻だけしか見えてない。
最後までケンカしていた武闘派とその巻き添えの美闘士は、
今や反対も賛成もなく、言葉を発するような気力自体が残ってなかった。


--


こうしてレイナは、言葉と武力の両方で合意を取り付けた後、
麦の村とオークたちを苦しめてきた、何百年にもわたる因縁をおしまいにした。

巫女は村に帰り着き、オークは殺されることも無くなって、
坊やたちは二つの乳房から溢れるミルクでお腹をぽんぽんに満たした。

やがてオーク戦士たちは、ヴァンスの姉妹に付き従って森から去った。
完全に残骸と化した礼拝堂から障気が消えた。
砕けた古代の建築物にはツタや木々が絡みつき、
いつしか小鳥や獣たちの気配をまとわせながら、森の中へと埋もれていった。


5-3

二ヶ月ほどが過ぎ去って、強い日差しの昼下がり。
レイナたち一行は、まだ旅の中に居た。

オークたちとキャラバンの体裁を取って、山から山へ、谷から谷へと旅を続ける。
しかし途中でレイナが産気づいてしまったために、
街道から少し離れた木陰に仮設のテントを張って、その中でお産が始まった。

エリナとオークたちが妊婦を見守っている。
レイナは胸から下を裸にし、ぼってりと膨らんだお腹を震わせながら、
汗まみれの太ももを広く大きく開いていた。

「はっ、はっ……はぁっ!」
「レ、レイナお姉ちゃん〜〜!」

レイナの手を握るエリナの方が、よほど真っ青な顔をしていた。
エリナも妊娠して、お腹はすっかり臨月だった。
彼女も出産を近く控えているだけに、とても他人事ではなかった。

「ふぅっ、ふぅっ……だ、大丈夫よエリナ。
 みんな、こうやって産まれるんだから……あぐっ!」

レイナの肛門がヒクッと締まると、その上でわななく肉ヒダの間から、
ブバッとうす褐色の体液が飛び出してきた。
いよいよ破水が始まって、陣痛はさらに激しくなった。

「ふっ……くぅ……!!」
お腹全体が勝手に締まる。
汗はさらに多く流れて、レイナの乳房やお腹を色っぽく光らせる。

「お姉ちゃん! おっ、お姉ちゃん!?」
「大丈夫、大丈夫だから……あぐうううううううっ!!」

まるでどっちが産んでいるのか分からないような掛け合いだ。
でもレイナの手は、千切れそうな強さでエリナの指を握っている。
エリナが側にいてくれることは、
やはりレイナにとって非常に大きな支えだった。

『はぐうううううっ!!』

レイナの息む大声は、かなり長い時間テントの外まで聞こえていた。
やがていつしかその声に、オギャアアッ、ホギャアアッと
元気の良い赤ん坊の泣き声が混じって、
外に控えていたオーク戦士たちもホッと胸をなで下ろした。



「はわわわっ、へその緒!へその緒が!
 これって剣で切っても良いの!?」

テントの中ではエリナとオークが大騒ぎしながら赤ん坊を取り上げている。

「エリナもそうやって産まれてきたのよ。
 『初めまして、お姉ちゃん』って、
 とても大きな泣き声であいさつをしてくれたわ」

赤ん坊オークは四匹産まれた。
レイナは達成感のある顔で額の汗をぬぐっている。
エリナは赤ん坊を湯で洗いながら、まじまじとその姿を見つめていた。

「ホギャアアアアアアアアアッ!!」
小さくてとても脆そうな肉体なのに、
元気よく泣く声には信じられないほどの力を感じる。
まるで命の塊を抱いているような気がする。

「私も、こんな風にして産まれた……
うぐっ!? な、なんかエリナもお腹が痛くなってきた……!」

出産の興奮に当てられたか、従兄弟の産声に胎児が反応したのだろうか、
そうこう言っている間に、エリナにも本気の陣痛が始まった。
それまでじんわり続いていた腹部の痛みが、
急にショックを起こしたように締め付けをはじめる。



「たっ、大変!? エリナ、ちょっと待ってて!」

まだ汗も引いていないレイナが慌てて飛び起き、妹に自分の場所を譲った。
手早くエリナを脱がせて、裸にした股間をぐいっと左右に開かせる。
自分の身体からも派手に破水が始まるのを目にすると、
エリナは激痛に加えて、不安で顔が真っ青になってしまった。

「はぁっ、はぁっ……お、お姉ちゃん……!」
「大丈夫、落ち着いてね。
 私とおなじ事をするだけよ、そう、私の手を握って。
 思いっきり! そう!」
「お姉ちゃん!」

いつの間にかレイナはこの上もなく頼もしくなっていて、
エリナは彼女に姉というより母親を感じた。
手から震えが消えていく。
やがてしばらく姉妹で頑張った後、
また新しい産声がテントの中から聞こえてきた。


--


翌日。

四匹の赤ちゃんを二組に分け、
レイナは両方の乳房で上手く授乳していた。
手つきはすっかり慣れたもので、
赤ん坊たちも安心しきっている。








「んくっ、んっ、んっ……」

豊かな乳を美味しそうに飲む弟たちを、
兄のオークたちが羨ましげに眺めていた。
長男たちは生後三ヶ月弱ほどになる。
オークの成長は早くて、もはや少年というべき背丈があった。
なのに彼らは、お母さんのおっぱいに未練たらたらである。

「こらこらっ」

これにはさすがに子煩悩なレイナも困り笑いだ。
彼らには母乳ではなく、剣の稽古を与え始める時期だ。
子供たちはレイナの血を引くだけあって筋が良く、
とても立派な戦士に育ちそうな予感があった。

四匹の赤ん坊が満腹になり、スカスカと寝息を立て始めた。
子供を寝かしつけても、レイナはまだ休まない。
今度は妹の様子を見守るために、
子供の寝床をオーク戦士に任せて立ち上がる。



エリナは恐る恐るといった手つきで、
乳房を息子の口に含ませていた。
子の唇が何とか乳房を探り当てると、
彼は急に力強く乳に捕まり、元気いっぱいにミルクを吸いだした。

エリナはじっと目を細めてそれを見ている。

「可愛いでしょう? その子にとって、エリナは世界の全てなのよ」
「あ、レイナお姉ちゃん……」

眩しそうに姉を見上げながらエリナが返事した。
陽が目に入るわけではなくて、
エリナは姉の姿に後光のようなまぶしさを感じていた。

レイナの言うことは、体感としてもよく分かる。
子供たちは心身ともに、お母さんに、つまりエリナにすがっている。
お産の時に、エリナがレイナの手を握ったように、
子供たちはエリナのおっぱいを握って、生きるという恐怖に耐えているんだ。

つながり合う体温と体温。
これが家族という原始の絆、人が生きていく力なんだろう。
……でもエリナは、いずれガイノスに帰還しなくてはならない。

「あのね、レイナお姉ちゃん……
 こうやっておっぱいを吸われていると、エリナとても不思議な気持ちになるの。
 嬉しいような、でも何だか不安みたいな……」

「私もはっきり答えられないけど、分かる気がするわ。
 喜び悲しみ、怒り驚く。
 赤ん坊は生きるっていう行為そのものをむき出しにしている。
 
 ふふ、エリナも小さい頃は不安の多い子だったわよ。
 でもそんな貴女に初めて会えた日、私は本当に嬉しかったわ」

「お姉ちゃん! 最後のトコ、もういっぺん言って!」

「こらこら……」

真面目に話していたつもりのレイナが、がくっと肩をズリ落とした。
息子と妹にはどこか通じる雰囲気がある。
それはそれで、血縁を感じて嬉しいけれど。
レイナは妹の頭を撫でてやり、続いて甥っ子の頭も撫で撫でしてあげた。

エリナがじっと子犬のように見ている。
その頭をレイナが抱き寄せ、おでこにチュッとキスをした。
「自分がされて嬉しいことを、子供にもしてあげて」
レイナはそう言って笑った。

「お姉ちゃん……」
さすがにエリナも茶化さなかった。
いま姉にして貰ったように、エリナはたどたどしい愛情をもって
息子の頭にキスをしてみた。

子供は乳を飲むのに必死だったが、
それでも笑ったように思える。
乳房にしがみつく力が強くなる。
赤ん坊は間違いなく喜んでいる。

「えへへ、本当だ。
  こいつ、私のちゅーが嬉しいんだ」

エリナも満更ではなさそうな顔ではにかんでいた。



「やれやれ……良かった良かった」

レイナは肩の荷を一つ降ろした気分で胸に手をやった。
『豚は豚肉に!』なんてエリナが言い出した時は、どうしようかと思ったが。
姉のいわんとすることは伝わって、
何とか妹も母親をやってくれそうな気配だ。

「みんな仲良くやっていけますように」
レイナは寝ている自分の息子たちにもキスを与えて回る。
赤ん坊のほっぺたは、乳房のように柔らかかった。

相変わらず羨ましそうに、長男たちがそれを眺めている。
しょうがない奴らだなぁと、レイナはたまらず破顔した。

「おいでっ」
レイナが両手を広げて彼らを呼んだ。
少年オークたちは大喜びで駆け寄ってくる。

「カーチャン!」
「カーチャン、わーい!」

ああもうマザコンでも何でもいいわい、とばかりに
レイナは子供たちを抱きしめた。
第一レイナ自身が、子供と触れあいたくて仕方がなかった。

賑やかな幼い声に囲まれて、
土と草とお日様の匂いを胸に吸い込む。
いまこそ夢でも幻でもなく、
レイナは本物の”黄金の日々”を感じていた。


--


レイナとエリナとオークたちの旅は、もうしばらく続いた。
遊牧のように移動と停留を繰り返しながら地方を巡り、
オークに合う土地を探したり、群れのためにメスのオークを探したりもしていた。

そうこう時間が流れるうちに、エリナは帝都からの便りをうけた。
クローデッド直々の親書による帰還命令だった。

女王の書簡を見れば、クローデッドはレイナの消息に全く興味がないらしい。
エリナにただ帰還を求めた事務的な命令書だ。
女王軍の指揮官として、戦の準備をせよとのお達しだった。

いよいよクローデッドの覇業は本格的に動く気配だ。
エリナは元々、ヴァンス家のやり方にそった思考回路を持っているので、
武力で支える政治の仕組みを当たり前のように受け止めている。

でもレイナはそうじゃなかった。
彼女は青く広い空を見つめながら、肌にピリピリとする、
時代の緊張のようなものを感じていた。

(私もガイノスに戻って、意見を言うべきなのかしら)
レイナの立場をもってすれば、時代そのものに大きな影響を与えることも可能だろう。
それはレイナの権利なのか、それとも義務なのだろうか。

「カーチャン、どうした?」

手を握って一緒に歩いていた少年オークが、
わりと鋭く母親の悩みを見抜いたようだ。

「ちょっと考え事をね……」

しかし今やレイナは、ガイノスの外に守るべきものを持っている。
かつてのように身軽な流浪はもう許されない。
黙って考えていると、子供たちが群がってきた。

「考えるナ、感ジロ!」
「カーチャン、いつも言ッテルゾ!」
「こ、こらっ、引っ張らないで……!
 それ引っ張ったら……きゃああっ!?」

レイナは授乳のために鉄の胸当てを外しているので、
豊かな乳房は革のベルトだけを巻いて、何とか最低限を隠していた。

そんな状態を後ろから引っ張られたら一溜まりもない。
レイナの乳房はぼよーんと弾んでこぼれだし、
房から乳首まで丸見えになって、重力と慣性の間で上下に揺れた。








「きゃっ、も、もう! 外なのよ!」
「カーチャーン!」

レイナは慌てて両手で胸を庇って隠した。
でもそれを良いきっかけにして
固まりかけていたレイナの心と体が、少し軽くなっていた。



子供に説得されたというほどでもないけど、
レイナとしても、クローデッドに面と向かって世を問うにはまだ早い気がした。

戦士の極意も、母の極意も、要は芯をしっかり持つことだった。
世の中に対してものを申すのならば、
そこに芯を通せるだけの見聞を持ってからにするべきだろう。

(クイーンズブレイドを口実にしてヴァンス屋敷を飛び出した頃、
 私は、人々が一日に費やすパンの値段すら知らなかった)

あれからさすがに少しはマシになったはずだった。
だけどまだまだ”少し”にすぎない。
世間とは、知らないことの方が多すぎる。

「やっぱり、私はもう少し旅をしよう」
「わーい!」
子供たちが、意味も分からず喜んだ。

貴族と市民、人間とオーク、エルフやドワーフ、天使に闇の眷属たちが。
世の中にはいくつもの社会が同居している。
見なければ分からない”知るべきこと”はたくさんあった。

――甘えん坊な息子たちが、ちゃんと大人になれるまで。
彼らを母として守りながら、親子で成長していこう。
レイナは子供たちを胸に抱き止めながら決意を新たにしていた。


--


エリナはレイナを見て思う。

幼き日のエリナを守ることから始まって、
レイナはクイーンズブレイドの中で多くの人と感じ合い、
その激闘が終わった後も、麦の村やオークたちのために闘い、守って見せた。

レイナはこれからも、きっと多くの人々を守っていく。
そしていつかガイノス帝国を守り、再びエリナを守ってくれる。
この人は、やがて世界を救うのだろうと思った。

姉がそういう地平に立つ時に、エリナはその側をずっと離れず、
ただレイナだけの為に在る一本の剣として生きたい。
だから来るべきその日が訪れるまでは、クローデッドと二人でヴァンス家を守っていこう。

「じゃあ、エリナは先にガイノスに帰っているね。
 レイナお姉ちゃんがいつ戻ってきても良いように、
 玉座をおっぱいで温めておいてあげるわ!」

レイナの背には、翼が生えているんだと気づいた。
だからエリナはもう、姉を引き留めるのは諦めた。

クローデッドが古い帝国をいったん壊すというなら、それも良いだろう。
その後できっとレイナは帰ってきてくれるから、
まっさらになった帝国のキャンパスに、優しい治世を描いてもらおう。
それはそれで合理的というものじゃないか。


--


かくしてヴァンスの姉妹は、いったん別れる運びとなった。

レイナはオークたちの居るべき場所を探しつつ、
大陸の各地を流浪して、様々な社会をその目で確かめるという。
エリナはヴァンス第一の将として、
クローデッドの号令のもと、ガイノス帝国を新しい形に統合するのだ。

ところで。
エリナの子供たちは姉のレイナに預けられ、
オークが抱いたり籠の中で寝ていたり、
一頭は今もレイナの背中に負ぶわれている。

その一頭の顔は、エリナが遠ざかる気配を察しているのだろうか、
思いっきりな半泣きになってしまっていた。

帝都に帰るに帰れないエリナが、たじろぎ戸惑っていた。
かつての彼女なら、別れに何の迷いも無かっただろう。
それを思えば、かなりの進歩はしている。
しかしまだまだ、レイナから見れば母として危なっかしいのだ。

「うぐう……
 やっぱり子供って、こういう所は鬱陶しいかも……」
「こらこらこらこらこらこらっ!」

レイナは笑顔を引きつらせながら、眉毛を痙攣させている。
エリナは子を捨てるわけじゃない。
レイナを信頼して預けるのだとは承知しているが。

エリナは、まだ子供と共に居られない。
「仕方ない」という言葉で割り切るのは辛いけど、
人が人である以上、仕方のない状況というのは起こりうる。

「ま、まあちょっと遠くなるだけで、親子は親子なんだしさっ!
 時間を作って顔くらい見に来るから、なっ、泣くなぁ!」
「ぶぅえええええええええええええんっっ!!」

そりゃ泣くなと言う方が無理だろう。

「ううう、レイナお姉ちゃん、コレどうしよう……」
「う、うう〜ん……」

子供の気持ちだけでなく、エリナの立場もよく分かるだけに、
レイナは返答に詰まった。
レイナはヴァンスから逃げ、エリナは受け止めているとも言える。
ある意味エリナの方が大人としてシッカリしているのだから、
レイナとしてもなかなか苦しい質問だ。

そこでレイナは実力行使を選んだ。
エリナの息子を背中から降ろして、実のお母さんに抱かせた。
すると子供はひしっと母に抱きついて、
悲しそうな声から一転し、今度はうれし泣きを始めた。

「私には、私のやり方しか分からない〜
 昔エリナが泣いちゃった時には、
 ずっと抱いていてあげたら泣き止んだわよ」

「ううっ、今それを言うのはズルいわ、お姉ちゃんっ!」
「びええええええええええんっ!!」
「うううっ! よ、よしよし! おーよしよし!」

子供もレイナもオークたちも表情を緩ませて、
エリナ一人が困り果てていた。



(エリナはガイノスに”子供”を連れて帰れないんじゃない。
 ”オークだから”一緒に帰れないんだ)

レイナは自分が持っているビジョンに一つの修正を加えた。
オークが住む場所を見つけるだけじゃ駄目なんだ。

人間とオークの間にある壁を崩すには、
剣をもってオークを殺し尽くすか、言葉をもって人とオークが融和するしかない。

クローデッドなら、最初から前者を選ぶのだろう。
だけどレイナにとっては後者の選択しかあり得なかった。
剣の選択肢は、言葉の後からでも間に合うのだから。

「あああ〜! 分かった! 分かったわよ! 
 おっぱいが終わるぐらいまでは一緒にいてあげるから!
 そっ、それで良いでしょ、もーっ!!」
「びええええええええっ!」
「だから泣き止んでええええ!」

とうとうエリナも子供の涙に折れた。
あと一月ぐらいは旅に付き合うということになる。
帝都に帰還した日には、きっとクローデッドから大目玉をくらうだろう。

「わーい、エリナっ!」
「わーい、カーチャン!」
「良かったわねぇ」
「何がああああ!?」

わはははははっ、と賑やかに、家族としての笑い声が響いた。
何をとり繕うこともなく、みんな心から笑っていた。
エリナも顔では困っているけれど、心はとても癒されていた。


--


しかしこの後すぐに、時代は想像を絶する波乱に呑まれる。
ほどほど遅れて帝都に帰還したエリナは、
いつの間にか氷のような目つきに変わった新女王に出くわした。

エリナは激しい殲滅戦を命じられ、
即座に出撃させられてから休む暇もなく各地を転戦し、
常に戦火の陣頭に身を置いていた。
あれからかなりの時間が経つが、まだ一度も子供たちの顔を見に行けてない。



一方のレイナもクローデッド新政権の動きに愕然として、
しばらくすると、彼女は歴史の表舞台から完全に姿を消した。

また、レイナの消失と時期を同じくして、
女王軍に狩られるオークたちはもちろんのこと、
エルフやドワーフといった人間寄りの亜人種たちも、
いつの間にか森や山から姿を消した。

それと入れ違いになって、
最近は”幻影の戦士”なる通り名がちまたで噂にのぼり始めた。

女王軍の圧倒的なマーチが響く中、
その噂は囁くほどの声の大きさから始まって、
次第に人々の間で、生きた伝説へと育っていく。



やがて黒い雷雲は大陸全土に広がって、各地で稲光が炎を上げる。
大きな怒声がずっと響いて、人々の笑い声が聞こえない。
ガイノス帝国は、後に”リベリオン”と呼ばれる時代へ突入していた。










5-4

夜の森をかき分けて、エルフが必死に逃げ走る。
手に提げた剣はボッキリ折れて、身体もあちこちに負傷している。
そんな彼女の足を、弓矢が容赦なく後ろから撃ち抜いた。
エルフは涙をこぼしながら、地面にもんどり打って倒れた。

「いやあああああああっ!!」
たちまち男たちに追いつかれ、エルフは衣服を剥かれ始めた。
男たちは、女王軍の亜人狩り部隊であった。

女王は極端な優生政策を断行し、領内に亜人の存在を許さなかった。
ユーミルのような外交的要人だけを例外として、
野でも町でも、人外の血が混じる者は貴族市民を問わずに粛正された。

人間でも殺されるぐらいなのだから、
純血のエルフやドワーフなどは、人とすら思われていない扱いだ。
兵士たちは食事のために豚を殺すのと同じように”メス”のエルフを犯した。

「あぐううううううううっ!!」
「うは〜! エルフっ娘は初物が多くて最高だぜ……!」
「ちっ、早く代わってくれよ!」

犬の姿勢で覆い被さられ、純潔の膣が奥まで貫通された。
人間種族の陰茎が、エルフの女肉を力任せにこじ開けながら前後に暴れる。
硬い竿がさらに硬く直線的に変形すると、その先端から、マグマのような熱い子種が広がっていく。
「ああ……! いやぁ……」
エルフの子宮は、ハーフを孕みやすいのに……
娘は地面に突っ伏して、涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしている。

「へへっ、ごちそうさま!」
「よ……よしっ、次は俺の番だな!
 うへぇ、穴ん中がザーメン塗れじゃねぇかよ……
 おいケツだ! ケツの力を緩めやがれ、糞エルフ!」
「あぎいあああああああああっ!!?」

処女を奪われ、種付けされて、今度は尻穴まで激痛の中で引き裂けていく。
そして最後は殺される。
エルフの娘は歯の根も合わないほどに泣き震えていた。



「ぐす……誰か、誰か助けて……」
下腹の中に何発も何発も精液を注がれながら、
祈る神を持たないエルフが、何者でも良いからと助けを祈った。

果たして救いの手は現れた。
”彼”は茂みからガサッと飛び出し、勢いよく兵隊たちにぶつかって、
エルフの娘を救い出そうと暴れ始めた。

「エルフ放セ! エルフ放セッッ!!」

「うわっ、なんだコイツ! エルフじゃ無いぞ!?」
「痛ぇ!? オークだ、オークの子供だ!」

下半身丸出しの男たちは、オークと聞いて一瞬ひるむ。
しかしオークといえども、相手は児童と呼ぶべき背丈の子供だ。
自分たちだけでも勝てる!

そう思った途端、兵士たちの顔には、
仕事 (彼らは異種レイプの事を本気でそう考えている) の
邪魔をされた怒りがわき上がってきた。

「このちっこいのも殺せ!!」
「オークもエルフも駆除対象だ!!」

「ブキイイイイイイイイッ!!」

多勢に無勢でも怯むことなく、
オークの少年は剣を振り回して勇敢に戦う。
戦いは四対一で、オークに勝ち目はなかった。
見る見るうちに傷を刻まれ、全身が赤く染まっていく。



(なんでオークが……私を?)

エルフの娘は戸惑っている。
敵対種族と友好種族。
これまでエルフの娘にとって、オークと人間との立ち位置は正反対だったのに。

まだ幼いオーク戦士は死をも覚悟し、それを全く恐れていない。
自分が勝てるかどうかなど関係無しに、エルフを救うために我が身を捨てている。

「にっ、逃げなさい!! 坊やじゃ無理よおおおっ!!」

たまらずエルフも自分を諦め、オークのために叫んでいた。
声は鋭く森にこだまして、それを聞きつけ、
――さらに二頭のオーク戦士が闇の中から飛び出してくる!

「グゥオオオオオオオオオオオッ!!」
「ニンゲン、ブッ殺セエエエエエエエエエッ!!」

正真正銘、大人のオーク戦士たちだった。
彼らは剛力で森をなぎ払いながら、
それでもやはりエルフを庇うような動きで人間たちに襲いかかった。

「ひぃーーっ!?何でこんなぁ!!」
「あ……あわわわ……」

今度は兵士たちも、そしてエルフの娘も恐怖で固まっていた。
人間に犯されていたのが、オーク相手に代わるだけなんだろうか。
雰囲気としては、まだ人間に犯されたほうが
楽かもしれないとさえエルフは思った。



「こらぁーっ!! ”ぶっ殺せ”じゃ無いでしょ!
 何べん言ったら分かるのよ、あんたたちは!
 森から追い出すだけでよろしい!」

最後に人間の女剣士が現れた。
「カーチャン、ゴメン!」
荒々しい巨漢のオークたちが、おとなしく彼女の言に従っている。

(なんで人間が……オークの親玉をやってるの……)
エルフの娘はもう何が何だか分からなくなって、
傷つき汚しつくされた心身の痛みで気を失った。


--


その夜は、森の何ヶ所かで同じような戦いが起こった。
人間たちは慌てて森から撤退し、
追われていたエルフたちは全員生き延びた。

エルフはオークに強い嫌悪感がある。
でも取りあえずは人間のリーダーが仕切っているようだと、
エルフの皆は恐る恐るレイナの下に集まってきた。

彼女は今、戦場に一番乗りを果たした
少年オークの手当をしていた。

「カーチャン、オレがんばったか!?」
「ええ、とても頑張ったわよ。
 頑張りすぎで、お母さん心臓が止まるかと思ったわ……」

レイナは息子の傷を酒で洗って、チクチク針で縫い閉じていた。
骨が見えているような傷でも、朝になったら抜糸できるほどの回復力だ。
分かっていても、レイナは全ての傷を縫ってやらずには居られなかった。

少年オークは麻酔無しで肉を縫われてもケロリとしている。
さすがは戦士の一族だった。
子供ですでにこれなのだから、オーク戦士の長となった今のレイナは
個人で相当な規模の兵力を従えていることになる。



「我々を助けて……一体どうするつもりなのだ?」
返答によっては走って逃げると言わんばかりに
身内を代表したエルフの男性がレイナに尋ねた。

「どうもしないわよ。
 けど、行く当てがないのなら私たちと一緒に来ない?」
エルフたちとは対照的に、あっけらかんとしたレイナの答えだ。

「俺ラの村、エルフも居るゾ!」
「来イ、来イ!」
「どっ、奴隷にされているのかっ!?」
「大丈夫よ〜、普通に仲良くしているわ」

坊やの手当を終わらせて、
レイナは樹木により掛かりながら苦笑していた。

「まあ驚くのも無理はないけどね……
ちゃんと話してみれば、オークは物わかりの良い連中よ」

六人居たエルフたちは、ざわざわと顔を見合わせている。
彼らには、オークと会話するという発想自体がまず無かったのだ。
エルフにとって、オークは人ではなくモンスターだったのだから。

でも今夜は、エルフたちが人間たちから
モンスターとして追いかけ回されてしまった。



エルフたちは半信半疑でレイナに付いていくことにした。
頭の中で、旧来の価値観が現実とせめぎ合っているようだ。

オーク戦士たちは何度もこういう救出をして、そろそろ慣れた展開なので、
煮え切らないエルフたちの態度を気にすることもなく
上機嫌で村に向かって歩いている。

レイナはレイナで悩んでいる。
女王軍の亜人狩りはどんどん本格化しつつある。
百人にも近い亜人をまとめるレイナとしては、
時流に対して傍観を決め込むにも限界があった。

ヴァンス家と戦う決断をすべきだろうか。
彼女は笑顔を作って歩きながらも、その下で深く悩んでいた。

--


予想通り、日に日に戦火は広がっていく。
レイナが築いたオークの隠れ里は、亜人の疎開地となっていた。
難民は増える一方で、気がつけば人口も倍近くに膨らんだ。

レイナは最強の武力を持ちながら、力におごらず、誰とでも対等に接してくれる。
そんな彼女の内治外交は非常に上手く回転し、
資材や食糧に困ることもなく亜人たちを養っていた。

でも集落の規模は膨らんで、小回りが利かなくなっていく。
レイナの王道がクローデッドの覇道に激突するのは、
周囲の者から見ても、火を見るよりも明らかな秒読みの段階に迫っていた。



すっかり馴染んだエルフたちに呼びかけられて、
村の集会広場に、亜人たちが大集合をしていた。
目を丸くした顔のレイナが、オークとエルフに手を引かれて最後に現れた。

『レイナ一人で背負い込まずに、みんなでやろう!
 我々はみな、レイナの言うことになら付いていく』
そういって半ば無理矢理に背中を押され、
レイナは広場の真ん中にしつらえられた壇に登った。

見渡せば村中の者がレイナを中心に集まって、
リーダーの声を聞きたがっていた。

「しょ、しょうがないので、みんなで女王軍と戦いましょう!
 殺し合うためじゃなく、同じ高さのテーブルについて話し合うためにね」

どわっと広場が熱狂に沸く。
自分で王を名乗るではなく、周囲の人々に求められ、
この日、レイナは亜人たちの女王として事実上の即位を果たした。

寡兵なりとも精兵強兵たちが、来るべき戦いに気炎を上げる。
割れるような歓声の中でオークたちに胴上げされて、
レイナただ一人がオロオロしていた。



だがしかし、なかなかに真っ直ぐな話というのも無いもので。
エルフたちは密かに打ち合わせを済ませていて、
恐るべき陰謀の中にレイナの背中を突き飛ばす。

「いいか、オークたち! よく聞け!
 こたび女王軍との戦いで、もっとも手柄を立てて活躍した戦士には、
 レイナがエッチのお相手をしてくれるらしいぞ!」

突然しーんと静寂し、数秒の後。
うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?

エルフたちが勝手に言い出したご褒美に、
オークたちの士気が危険域まで上昇してしまった。

「ぎゃああああああああっ!?
 ちょ、ちょっと何を言い出すの!?」

胴上げされながら顔を真っ赤にして慌てるレイナに、
ニヤリとした表情のエルフ娘たちが説明をする。

男性兵士は肉弾戦をすると性的にも興奮してしまう。
だから大きな戦場に赴くにあたっては、現地で性被害を出さないためにも
事前にこういった前約束は必須であると。

そう言いながらもエルフ娘たちは、
メキメキ勃起したオークのペニスをうっとりと見つめている。
レイナは口にこそ出さないが、心の中で思いっきりエルフたちに突っ込んでいた。

(嘘だっ! ぜったい嘘だーっ!!)

兵士全員の性処理を本気で考えるなら、レイナ一人で解消できるはずがない。
かといってこんな風に煽ってしまえば、
勲功一等を逃したオークたちは現地で無差別陵辱に走りかねない。

むろんそんなのは絶対に認められない。
だからそんな暴走が起きた瞬間、エルフ娘たちは自分も騒ぎに混じって、
兵士の性欲処理を口実に、オーク戦士と乱交をするのが狙いだ!

複数の部族が同じ場所で生活すると、第一に性文化の違いが浮き彫りになる。
オーク男女の自由奔放なセックスライフが
エルフの性に対する考え方を大きく変えつつあるのは
レイナも前々から気づいていたのだ。
エッチをしてみたくて堪らないのは、オークではなくてエルフの方だ。

だけどプライドの高いエルフ娘が、自分からオークを誘うなどあり得ない。
レイナをダシに、オークたちをわざと性的に暴走させて、
”レイプごっこ”で無理矢理犯られる自分を演出しながら
エルフ娘たちも自由な性生活に参加しようとしているんだ!

(はっ、ハメられたっっ!!)

まつりごとでよく耳にする権謀術数とは、
シモの駆引きまで含んでいるのか。
レイナは早くも玉座(?)の厳しさというものを感じながらも、
久々にオークのペニスを股間に思い出してしまって、
しっとりと下着に縦筋を濡らしていた。




--


ワァァァァァァ……
戦いの声がいつまでも長々と耳に残って、
どれほどの時間が流れたろう。

レイナ=ヴァンスはマリアと名乗り、一軍を率いて叛乱軍に参画し、
土埃を全身に浴びながらいくつもの戦場を駆け抜けた。

一瞬一瞬はやたらと長く感じるが、月日はあっという間に過ぎ去っていく。
何を聞いて、何を叫んだのか良く覚えていない。
ただ手に残る重い鉄の感触だけはリアルに記憶されている。

アンネロッテが馬上で槍を掲げて号令を飛ばすと、
神機要塞は重低音で大気を震わせながら巨大な行軍を始める。

彼方からそれを見る視線を感じた。
帝都ガイノスの尖塔の上。
長姉クローデッドが、じっとこちらを見下ろしている。

レイナはぐっと腹をくくると、オークたちの先頭に立って決戦場に参加する。
決闘の時とはまた違う、
背腹に疼くような戦場の緊張感が武者震いを起こしていた。



クイーンズ・ブレイドが終結しても、人々の戦いは終わらない。

人は。
寄り添って家族を作り、子供を育て、社会を築く愛の力と
食を求め、衣を求め、やがて際限のない豊かさを求める欲望の力とに
充ち満ちている。

ふくらみ続ける愛欲は、
いずれ他人の愛欲と衝突をして、
万人の万人に対する闘争が、世の必然として生まれる。

でもそれは善でも悪でもなくって、
人本来が持つ自然の力だ。

自然はいつか進化する。
川底を転がる小石のように、
人々は時代を転がり、ぶつかり合って、
ゆっくりと角を丸くしていく。

今はまだ、戦うときだ。

全身全霊を激突させて、お互いがお互いを理解する。
戦いの積み重ねで時代は進み、剣が言葉に変わる日が来る。

「これで最後の決戦よ。 みんな死なないでね!」

その日をきっと信じて、レイナもまた剣を抜きはなった。
家族のために、みんなのために全力を尽くそう。

クイーンズ・ブレイド リベリオン。
それは刃の輝きで時代を照らす、美しき闘士たちの物語。


エピローグ




「はぁぁ……結局はこうなっちゃう訳ね」
統一感のない派手な装飾の大椅子に座って、
レイナはオークの赤ん坊に乳を授けている。

ここは亜人居住区となったガイノス帝国属州の州都だ。

大戦のあと、マリアの仮面を脱いでレイナ=ヴァンスに戻った彼女は
州総督という肩書きだけを中央政府から拝領し、
実質上、亜人の国の王として、広大な地域の開墾・統治に勤しんでいた。

つまりガイノスの玉座をクローデッドに譲っても、
結局は次の玉座がレイナを待っているだけだった。

「王の器に生まれし者、いずくんぞ王の道から逃れようや〜」

玉座の傍らでエリナが何か歌ってる。
エリナはレイナを追っかけて州都に来ると、自分の息子たちと部隊を作り、
昔を懐かしむように近衛隊長の肩書きを名乗っていた。

彼女はレイナに仕えているのか、ベタ付きたいだけなのか、
あるいは、おちょくっているのだろうか。
それはエリナ以外の誰にも分からなかった。



レイナもエリナも、またもや妊娠中である。

先の大乱が終結したあと、エルフたちの目論見通り、
レイナは一番手柄を選ぶことが出来なかった。
どのオーク戦士を選んだところで、
他のオークたちに、血涙ものの遺恨を残しそうだったのだ。

  『レイナ! レイナァァーーッ!!』
  『ちょっと、みんな落ち着いて……うはぁぁぁっ!?』 
  爆発寸前のペニスがレイナの膣内をみっちり満たす。
  レイナの中も、すでに濡れていた。
  かつて夢の中で散々に開発された豊かな女体は
  牡の肉を与えられると、あっという間に火だるまのような熱を発した。
  『はうっ! だめっ、これ気持ちよすぎ……!!』
  『カーチャーーーン!!』
  『むぐうううっ!?』
  とうとうレイナは息子の逸物まで咥えてしまう。
  それはマズいだろうと一瞬理性が警告したが、
  熱く硬く、見たこともない強さで脈打つペニスに、息子の募る想いを察すると、
  レイナは求められるなら全てを与えようと腹をくくった。
  『んぐっ、んぁっ! あっ! あああああーーーっ!!』
  身体の内外で遺伝子の塊が大量に飛びちらかって、
  レイナはオスの匂いに溺れていった。
  『キャー!!』
  『あはぁっ! 私、本当に犯されちゃってるぅ!!』
  あちらこちらで、やけに嬉しそうなエルフたちの悲鳴が聞こえた。
  一つ、また一つ、自分たちを縛る鎖が断ち消える。
  レイナは肌を真っ白に濡らし、頭の中を真っ白に沸騰させながら、
  新しい時代の到来を心の向こうに感じていた。
   

かくしてオークの里は、みごと大乱交に呑み込まれ、
たったの一晩で、どれだけの子宮に種が付いたものやら知れなかった。
翌日からはエルフたちも伸び伸びと自分の性を楽しんで、
やがてレイナたちもその習慣に混ざった。
性が大きな起点となって、
オークやエルフたちの間から種族の壁がなくなっていく。

実は元々、充分にわかり合う余地があったのに、
先祖からの先入観だけが種族間を呪いのように縛っていたのだ。
そんな先入観も、お互いから触れ合ってみると消えてしまった。
対等に話をしてみれば、我も人、彼もまた人だった。

今の亜人国は、種族も親子兄妹も性別すらも無視して、
実に自由な性交が行われる地方になった。
国のあちこちで、オークやエルフ、ノーム、ドワーフたちが
異種で結婚をしあっていた。

強くて優しい女王の下で、平和な性を楽しむ幸せの国。

国家としては生まれたてだが、
早くも大陸中の人々はそこを”楽園”と呼び始めている。
最近では亜人だけでなく人間たちも移住してくるようになって
産めよ、増やせよ、移住せよと、レイナの国は旭日の勢いで人口を増やしていた。

「あはは……なぜだか知らないけど、世界が見えてきちゃったわ」

レイナはもちろん世界征服などに興味は無いし、
自由や平等といったイデオロギーへのこだわりもない。
こだわりは他人を傷つけるだけだと知っているから。

多くを求めず、他国に不幸を与えないよう気を遣いつつ、
ただ胸で眠る子供たちが、安心して暮らせる場所を作ろうとしているだけだ。
でも無欲という名の強さこそが、レイナの国をますます大きくしていった。



そして女王の側にはいつだって、五人のオーク筆頭戦士たちが従事している。
みんな2メートルを越える巨漢に育ち、威風堂々と佇立しながら、
じっと女王のおっぱいを見つめている。

「またあんたらは……
 赤ちゃんにあげるために脱いでいるんだからね」
「カーチャン、ゴメンヨ―」
「うふふ、別に怒ってないわよー。
 このおっぱいが私に付いているのは、
 貴方たちのためでもあったんだから……」
「ウウッ、カーチャーン!」
「よしよし、どうした。 何か嫌なことでもあったの?」

大の男たちにいつまでも甘いことだと、叱られるかも知れないが。
それでもレイナは、子煩悩を改めるつもりはなかった。
むやみに富やプライドを求めて他人とぶつかる男よりは、
甘えん坊な男の方がずっと良いと思うのだ。



ヒノモトも古代は女帝国家であったというが、
やはり国の指導者には女の方が良いのだろうか。

歴史がずっと求めていた世界大統一は、
母が治め、自由な性生活を送る
亜人の国から偉大な一歩を未来に踏み出していた。

レイナが行う治世は、やがてガイノスをもしのぐ強大な帝国を形成し、
広く長く世界中の歴史を感化していく。
それはとうとう本当に、
武力を終わらせ、言葉でわかり合う時代を築くことになるのである。

そうしていつか親子で見た楽園の夢は
地上の現実へと変わった。





続・孕草紙 終わり


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